田中 信行
田中 信行
漆芸家
金沢美術工芸大学教授
今、漆芸の世界は新しい時代を迎えている。
従来の器物を基本としたものに加えて、漆から新たな魅力、造形言語を引き出した多様な表現が生まれている。若くして海外で活躍する作家も現れており、漆を扱うギャラリーやアートフェア、また漆の作品が出品された展覧会も国内外を問わず盛んに開催されている。今年に限っても、中国、武漢で開催された湖北国際漆トリエンナーレや、ドイツのミュンスター漆博物館で現在開催されている中堅から若手の漆芸家による北陸現代漆展など、世界からも注目されている。
それらの展覧会に展示されたいずれの作品も個人の美意識や考えに基づいた現代的なセンスに溢れており、漆芸は革新の時を迎えていると言えるだろう。
このような現在の漆芸界の状況を反映し、第13回国際漆展・石川にも多様な作品が多く出品されていた。今回上位で受賞した作品は、いずれも高度な技術と作り手の心と考えが凝縮されており優れた作品となっていたが、中でも大賞を受賞した作者は、日本工芸会所属のまだ若手の作家であり、作品が従来の漆芸展の枠を超えて評価されたことはとても意義のあることと思う。受賞以外の作品にも個人的には惹かれた作品も多くあった。また、写真のみの一次審査ではわかりにくい入選以外の作品にも優れた作品があったと思う。
今、AIをはじめ社会は大きく変革の時を迎えている。漆芸によるものつくりは手作りによる時間と手間がかかり、現代社会の在り方と対極にある存在と言えるのでないだろうか。このような中で作り手は、漆によるものつくり、表現に何のメッセージを込めて社会に届けようとしているのか、、、いつの時代にあっても人間の精神を表す、或いは鑑賞者の心に響く有効な素材として漆が存在し続けるために、漆を通して作り手は何を伝えたいかが表現の形式を問わず求められている。