講評会

1次審査・本審査総評

大西  ───── 今回、昨日までで無事に審査も終了いたしました。漆というものは、本当に大切な日本文化の伝統の一つというだけでなく、地球上の生命体と非常に密接に関わっているわけです。漆そのものが独自に存在しているわけでもないし、他のいろいろな植物や昆虫などが関わって一つの世界を構成しているのです。人間だけが都合良くそれをうまく活用しようというあたりに問題が潜んでいるわけですね。
漆はご存じのように、全世界にウルシ科の植物として存在していますが、特に漆のいい樹液が出るのは、アジアの極東なのです。東アジアは大陸と海に囲まれ、西に行けば砂漠が広がるという特徴がありますが、漆はそういう地域性とも関係しているはずです。
ですから、我々はアジアの文化としての誇りを漆に託して、世界に向かっていろいろなことをよく語るわけです。漆をやっている皆さんもそうだと思いますが、私は「なぜ漆をやっているのか」とよく聞かれます。塗っては研ぎ、塗っては研ぎという面倒な作業ですが、やっている時は面倒くさいとほとんど感じませんよね。皆さん気持ちがいいと感じるでしょう。なぜ我々は気持ちがいいと感じるのでしょうか。この忙しい現代社会で、手間のかかることをしてお金になるのかとみんな心配してくれるのですが、別に何ということはないのです。要するに、人間にとっていい感じであるということが一番大事です。儲かるからいいという話ではありません。物を作る上ではそういうことも案外大事で、魂が込もっていないものを手先だけで頭で考えて作っても駄目なのです。今の経済社会には、魂がありません。私は魂が大事だと思っています。皆さん方もどちらかというと、漆を愛して生きる喜びをお感じになっていると思うのです。
この国際漆展・石川は、その喜びを世界の人々に伝えていくために、今から30数年前に始まりました。この石川県で始まったということが記念すべきことです。
今回、1次審査がコロナで大変なことになりました。こんなことになるとは皆さんも思っていなかったでしょう。当初は、ひょっとすると来月ぐらいに収まるのではないかと思っていたのですが、世界中にどんどん広がってしまい、これでは集まって審査できないということで、資料を配って審査することになりました。我々漆器を作っている人間からすれば、写真と実物は全然違うのです。触ってみないと分かりませんし、においをかいだり、コンコンと刺激を与えてみたりすることによって物の良さは分かるわけで、人間は外から見ただけでは中身までなかなか見抜けません。ですから、皆さん大変苦労しました。現代は大体、見てくれが良くないと駄目だということになってしまいます。本当はそうではないのです。特に漆はそうでしょう。皆さん方が魂を込めようと苦労したことを感じ取ることに我々は大変苦労しました。
今回の作品全体の感想を申し上げると、全体的に落ち着いてきましたね。アートというと、欧米で怪しげなものがたくさん流行って、我々日本人もそれを真似しないと時代遅れという錯覚をしていたのですが、そういう錯覚から覚めたという感じがします。アートというのは未知の世界に向かうことです。標識があればいいのですが、我々が標識のない町に突然降ろされても戸惑うのと同じで、現代アートというものが一種の標識のようになってしまって、それに振り回されてしまっていたのです。
それがちょっと前まで尾を引いて、アメリカンアート的なものに惑わされてきました。現代音楽でもファッションでもみんな同じことです。デザインにおいてもそういうものに影響されて、いろいろ変化してきました。それが落ち着いたということは、いいことです。そういう標識は要らないという感じになってきました。要するに、日本という風土に根差したものづくりをしなければいけないということに気が付き始めたのです。それが今回の作品ににじみ出ているという感じがしました。皆さん方も、私が申し上げたような感覚になってきていると思います。それはいいことですよね。
漆の世界は、輪島でさえも衰退してきています。一時はヘリコプターで買いに来た人たちもたくさんいたぐらいで、意味のない蒔絵をふんだんにしていた時代もありました。全く意味がないわけではなく、目的によっては必要なのですが、現代の我々の暮らしの中で本当に必要かということです。付加価値を高めることによって高く売れたらいいなという魂胆がありましたが、その辺が少し薄らいできました。ですから、本当のものが大事なのではないかというところに半歩ぐらい入ったという感じがします。
本審査も、先生方との大変有意義な時間の中で行われました。人というのはそれぞれ個性があって、考え方を構築しているので、そういうものをお互いに開いて、話し合いながら何とか収まったというところです。この展覧会は今回で終わりではありません。常にスタートであり、3年後の次回に向かって我々は努力しなければなりません。皆さんも是非そのつもりでお願いしたいと思います。
今日もここで先生方のお話を聞きながら、自分はこうだ、それは少し違うのではないか、ここはおかしいぞということがおありだと思いますから、是非、そういう話し合う場にしたいと思います。そういうことで、取りあえず最初の挨拶とさせて頂きます。

藤原  ───── 大西先生、どうもありがとうございました。それでは各入賞作品について順次コメントを頂きたいと思います。大西先生、引き続きよろしくお願いいたします。

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