Jurors’ Comments
審査講評
大西 長利
- 漆芸家
東京藝術大学名誉教授
漆の大地に生を得た日本人は幸せであった。漆樹がもたらす恵みは、うるし液をはじめ若芽(食料)、実(人間の食料、飼料)、蝋、染料、薬、防腐剤などその効用は数限りないものを秘めているからだ。その利用は1万年以上も前の旧石器時代末期まで遡る。終始一貫漆の恩恵を受け文化を育んで来た史実の認識を深める事は漆芸創造にあたってとても大事だ。
この国際漆展・石川は漆文化創造発展の理念をかかげ世界初の国際漆展として平成元年に発足。国内はもとより漆文化を持つ東アジアの国々に大いに刺激を与えることとなった。伝統や価値観を異にする人々が、開かれた漆の舞台に集い、芸術表現を競い合い理解を深めることはすばらしい。この確信をもとにはや11回展を迎え、トリエンナーレとして国内ではほぼ定着している。フランス、スペイン、デンマーク、ドイツに加え今回はロシアから4作家、イギリスのマン島1作家の作品をみることができた。ロシアの漆文化は帝政時代からの伝統を受けつぐもので高度な技術力を秘め、我々東アジアにはない精神世界が感じられてとても興味深い。この国際漆展ならではの成果といえる。国際化の時代とはいえ地球は広くまだ知らない人類の知恵が秘められている。知りたいこと、知らせたいこと、その方法の研究は、この国際漆展の輪が広がってゆく大切な要因になる。
デザイン、アート、2部門のカテゴリーについて、本来工芸の持つ有用性は、人の暮らしを豊かにすることが命題であり、自ずと生産性、経済性、実用性が要求される。また同時に芸術性、ファッション性、精神性も関係してくる。一方アート部門もデザイン部門と多く重なる部分がある。アートとしては先ず高度な技術性、深い精神性をともなった表現性、さらに根本には漆とは何か…という根源的な問いが含まれる。
川上 元美
- (公財)日本デザイン振興会会長
㈲川上デザインルーム代表
21世紀の持続可能な環境形成に向かって、益々自然と共生したアジアの自然観とともに新しい漆のあり方が問われています。
水分を吸って硬化する漆、みずみずしさの漂う漆器は湿度の高い私たちの風土に似つかわしい道具ですが、漆と共に育んできたアジア諸国の文化や固有の伝統の記憶を超越し、未来に向かって世界に広がることを期待した漆のコンペティションです。
かつて時の為政者の庇護のもとに高められた漆芸は多くの技法と共に名品が伝わり、仏閣等にも多用されてきましたが、一方では、より身近な生活道具として素朴ながらも美しく親しみやすいものでした。
30年にわたり催されてきた、このコンペの審査にお招きいただき、時を経てその概念の広がった漆の現況を再認識させて頂きました。
さすが石川、金沢の土地柄の蓄積された漆文化が強く感じられると同時に、新たな模索を伴った広いジャンルにわたる漆の作品が集まった会場は圧巻です。欲を言えばもっと日本各地からの、意欲的な漆の仕事も一堂に見たいという気持ちが湧きました。
アジア以外では、塗りの文化はあっても漆はなかったが故に、オリエンタリズムの盛んな時代に、当時のヨーロッパ貴族に珍重された歴史の事実や、20世紀初頭のアール・デコの時代、パリに居を移したアイリン・グレイを漆の虜にした日本の漆職人がイギリスに居たなどの事実を知るにつけ、夢は駆けめぐります。また今どれくらいの人が世界で漆に関わっているのかと。
今回、ロシア、ドイツからの入賞がありましたが、ロシアからの作品は、漆以外の塗りながら精緻な表現力は印象的でした。様々な視点で世界から漆の新しい広がりを探って欲しいと思います。
山村 真一
- デザインコンサルタント
- ㈱コボ代表取締役社長
世界11の国と地域から176点の応募作品の中から、1次審査会に於いて絞り込まれたのは、海外作品22点、国内作品58点の計80点であった。
熱い議論を重ね、本審査では大賞グランプリ(アート、デザイン総合)1点、金賞(アート、デザイン)各1点、銀賞(アート、デザイン)各1点、奨励賞各2点、審査員特別賞7点が選出された。
今回も国際漆展の名称どおり、世界中から多用な技法、機能、アイディアに富んだ作品が多かった。素材も木材、金属、布、紙、カーボン、コンクリート、ガラス、陶器、等幅広い素材を漆加工した作品が連なっていた。
大賞のアート部門「いのち」は大らかな3次元の曲面からなる造形に相合わさった蓋物容器である。「いのち」のテーマどおり大らかでゆったりとした曲面の中に、命を育むような優しい空間を持つ不思議なパワーが高く評価された。
金賞となったアート部門の「花を紡ぐ」は精緻の技による美しい仕上がりは審査員を驚かせた。デザイン部門の金賞「Deep Sea」は荒々しく制作時のノミ痕を活かした栗の一本削りの大胆な大皿で、この2点の金賞は対照的であり、共に素晴らしい作品であった。
又、銀賞のアート部門の「へいわののりもの」は、金と黒の見事なコントラストの像が平和を願う姿は美しく、審査員の心を打った。もう1点のデザイン部門の銀賞は「Ichimatsu 3 Colors」は第10回のコンペにも銀賞に輝いた市松模様の重ね皿であり、今回は皿の外形が3段菱という新しい形で使い勝手が面白く、見事なまでに外形に溶け込んだ市松模様は高く評価された。
県内に3つの漆の産地を持ち、多くの漆芸家、漆に関わるデザイナーが活躍しているこの石川県に於いて、国際漆展・石川が11回(約30年間)開催されていることは大きな意味を持ち、これからやって来る文化の時代に「工芸都市石川」の大きな柱となってゆく事を願ってやまない。
山田 節子
- デザインコーディネーター
㈱トゥイン代表
自然からの贈物である漆。作られ方、使われ方次第、その類を見ぬ堅牢さと、品性ある質感、そして色味は、掛け替え無き宝物。
先人の知恵に学び、新たな価値や表現が創出され、必要とされて未来へ受け継がれていくこと、熱望しています。
しかしながら、今日の短絡的消費経済の優先型社会の中で、翻弄され、安直な製品やアート志向が蔓延し、産地然り、作り手然り、売り手も、使い手も、残念ながら善き漆の在り様を見失い続けているのが現実と云わざるを得ません。
このような社会状況の中で、1989年以来、続けられてきた国際漆展・石川、その役割を受け止め、審査に当らねばと感じておりました。
会場を一巡するなり、単なる新奇性ではなく、心に留まる幾つかの仕事に出会え、幸いにも、各ジャンルに於いて見識をお持ちの審査員の方々から、私見が伺え、意見交換もなされ、心に落ちる審査会であったと感じています。
大賞に選ばれた、女性ならではの体感から生まれた馥郁とした表現の蓋物「いのち」。金賞二点は、アート部門の、魅力的な線紋様の大皿「花を紡ぐ」、デザイン部門の、鑿跡の意匠を纏ったシンプルな盛器「Deep Sea」が選ばれ、それぞれに納得。
加えて、ロシアから出品のシュールな表現力の小箱。漆の縮みを逆手に美の発見に挑戦した壺型オブジェ。プレゼンテーション巧みに魅せたオブジェ「禁断の果実」等々。今日的生活感に適った、作品の数々。どうぞ歩み止めること無く、精力的にと念じるばかりです。
内野 薫
- 漆芸家
石川県立輪島漆芸技術研修所講師
国際漆展・石川2017に初めて審査委員として参加させて頂きました。この展覧会は工芸展ではなく漆展として公募条件がただひとつ「漆」がほどこされているものということで、しかもアート部門とデザイン部門の2部門ある公募は応募者が応募しやすいように考慮されていると思いました。趣旨として、漆を用いた新しい生活提案や新しい感性の提案により漆産業の活性化や国際交流の促進を目的としています。長年重要無形文化財の技術伝承に携わってきた者としては、入選した80点の作品の発想が自由で自己表現の多様性が新しい感覚として感じました。伝統工芸の伝承技術は古来から用と美の精神を中心に支えられてきたものですが、本展とは異質で違うものと思っていました。しかしながら本展の趣旨の通り新しい感性や新しい表現は、次ぎの時代の新しい「用と美」の世界になる、あるいは替わるものではないかと思いました。
大賞の小梛真弓さんの「いのち」は、感受性豊かな造形と大胆な構造を持つ蓋物で、一見オブジェにみえます。蓋は大きくうねる流れの曲面で内側は朱塗の意外性が面白いです。さらに身は桂材の刳り物で制作されており、摺り漆仕上げとなっています。その立体の形と木目の相乗作用で見る者の気持ちが癒されます。研ぎ澄まされた感性が非常に感じられる大賞にふさわしい作品です。
藤野靖男さんの「波濤盤」は檜材の刳り物造りで、胴張りの長方形の盤で見込み部分全面に見事な筆使いを駆使した迫力ある波文の大海を表現しています。古典的とも見える波文ですが、波頭などやはり新しい感性が伺えます。注目したいのは新しい材料であるチタン合金の粉末を使用していることです。蒔絵金属材料の丸粉と呼ばれる粉末と同じように扱いますが、大きさの差がある粒子が混在しており、それが波一本一本の線が高く鮮明になります。そしてチタン合金なので大変硬く普通の金銀蒔絵のように擦れて薄くなりかねない場所にも応用使用が出来ます。これからの漆産業の活性化にも役に立つ材料ではないでしょうか。
田中 信行
- 漆芸家
- 金沢美術工芸大学教授
国際漆展・石川は、国内で唯一の漆をテーマとした国際的な展覧会です。1989年に第1回展を開催して以来約30年近く継続してきたことは、開催委員会をはじめ関係者の方々のこの展覧会に対する熱意の賜物であると思います。当時、漆をテーマに来たるべく新世紀に向けて国際展を開催したこと、そして長い時間に渡って継続して開催されてきたことに、漆に関わる一人として関係者の方々に深く敬意を評したいと思います。
漆芸をとりまく状況は、あらためて申し上げるまでもなく産地においては厳しい現状があります。しかし一方海外に目を向けると、例えば中国武漢市の湖北省美術館で湖北国際漆トリエンナーレが2010年から開催されたのをはじめ、昨年からは福州市でも国際漆ビエンナーレが始まるなど、漆という天然の素材自体に或いは漆芸に関わる長い歴史に着目し、盛んに展覧会が開催されている状況があります。また、中国の大学をはじめとする教育機関からは留学生が多数来日しています。そして欧米においても日本人による漆の展覧会が個人、グループ問わず盛んに開催されています。特に今年の秋には、この国際漆展・石川が開催される時期と同じ頃にアメリカのミネアポリス美術館において、現代日本の漆表現をテーマとした大きな展覧会が開催されるなど、国際的には漆を取り巻く状況はとても注目されているといえます。漆はアジア固有の素材であり、アジアの各国においてそれぞれ特色ある漆工芸文化を形成してきました。まさに漆芸は文化的財産或いは歴史的財産であり、今後益々その価値は高まっていくことでしょう。
今回の国際漆展・石川2017に集まった作品にも魅力的で力強い作品が多数見受けられました。今後もこの展覧会が、漆の未来を形成する魅力的な作品が会派や国境を越えて一堂に集まり、これからの漆界を担う人材が育ち、世界の漆芸術、漆文化への貢献及び地域の漆産業の牽引役として益々充実発展していくことを願っています。
山村 慎哉
- 漆芸家
- 金沢美術工芸大学教授
初めて国際漆展・石川の審査に参加させていただき、審査(評価)の難しさと重要性にあらためて深く思いを寄せています。
出品作品はこれまで以上に世代や地域を越えて国際漆展らしい魅力あふれる作品群となったことは展覧会からも察していただけると思います。また本展はアート性やデザイン性、諸外国から見た漆の可能性など従来の漆の概念を捨てて、あるいはキャリアや時代を感じさせない多様な作品が集まるなど、他とは違った内容となっています。しかし一方では漆という素材の持つ特性やその文化的、歴史的な価値を背景とした重要なテーマをもとに、どれほどの作品が制作されたのかを深く検証するべきだったのではないかと審査後になってしまいましたがその必要性を強く感じおります。
工芸の創造性は素材、技術、表現のどれを欠いても成立せず、それぞれが調和と均衡を保つとき工芸は日本のアートとして存在し得るのです。当然国際漆展においてもこの3つのバランスにおいて作品は評価されていますが、どちらかと言えば本展は表現を主とした出品が多いのではないでしょうか。作り手は自然素材を人間が持つ技術によってどのように変容させるかという素材と技術の造形性を問う真摯な制作を十分に認識すべきです。素材と技術とはつまりは自然と人間であり、この壮大なテーマに応えてこそ漆の創造も伝統も築くことができるのです。然るに今回の受賞作品は、大賞作品にはその素材性をまた金賞のそれぞれの作品には技術力を大きく感じ取ることができました。さらに高く評価された海外の作品においても同様の思惟と解釈が存在していたのでないかと考えています。
今回は大きく審査員の入れ替えがあり、出品者や関係者も新しい漆展への期待が大きかったのではないでしょうか。また海外からの審査員枠がなくなり、一方向からの評価に諸外国の反応も気になるところであります。最初に述べたように審査は多様性を求められるがゆえにとても難しくそして時代を創るという意味でもとても重要です。そのように考えてみればこれまでこの展覧会に注がれてきた多くの方々の熱意と尽力に敬意を表すとともに、正しい時代の視点とその評価を確実なものとし次回に向けての大きな飛躍と無二の展覧会として本展が顕在することを心より願っています。
御手洗 照子
- ㈲T-POT代表取締役
3年ぶりに2度目の国際漆展・石川2017の一次審査に参加させて頂いた。
何というバラエティ! 老若男女によるアートから工芸、デザイン、クラフトと括りきれないほどのジャンル、日本各地から、アジア、ヨーロッパから、ただただ漆に魅せられたという一点の共通点で集まった作家たちとその作品。それはそのまま漆の持つ多様な魅力と可能性そのものである。
心に残った作品をいくつか挙げたい。
筆頭はMelancholy、The Animal Carnival に代表されるロシアからの一連の作品群である。日本の伝統的な漆作品に近い繊細な美しさを持ちながらロシアの地に根差した加飾による表現は伝統技法でしっとりと描かれた我々にとっては不思議な魅力を持つ彼の地の風景であり、生き物である。それはまさに製作地と切っても切れぬ深い関係を持つ工芸の醍醐味そのものである。
又、Life Record (カラタチ)はこの作品の文脈や作者のバックグラウンドを知りたいという気持ちを起こさせるセンス、方向性を持っている。その意味で確実にアートと言えるかもしれない。
Deep Sea は刳りものの日常の器を作る作者が展覧会出品というバーに挑戦することにより見事に洗練と高みを克ち得た作品に見受けられ、このような展覧会の存在意義を改めて感じさせる。
又次の機会が楽しみになるこの展覧会、ますます日本各地に、世界に裾野を拡げ、元気な国際的コンペティションとなることを心から願っている。