講評会
大賞受賞作品について
大西 ───── それでは、具体的にいきましょう。
大賞は本間健司さんの「割木四段重箱」ですね。本間さん、今日は来ていらっしゃいますか。あなたのお父さんを知っているのですが、あなたは息子さんですか。
本間 ───── そうです。次男です。
大西 ───── そうですか。お父さんは元気ですか。
本間 ───── 元気です。
大西 ───── それは何よりです。なかなか研究熱心な方です。
我々はいろいろ議論しまして、これは時代をよく表している作品だと思うのです。もちろん以前からこのように木の素材に漆を塗り込まないで生かすことは日本人の得意とするところで、それを非常に大事にしています。この方も、日本人の白木文化と漆塗り文化の合体といいますか、そのいいところを見せようとしていて、重箱に生かしています。題名にある割木というのは、木をぼんと割っただけのものですが、これはクリ材ですか。
本間 ───── 漆の木です。
大西 ───── そうですか。失礼しました。漆の木というのは、皆さんご存じだと思いますが、非常に優しい木です。しっかりしていて、優しい。まさに漆の樹液と同じです。不思議なものですよね。木目もいいですね。あまり繊細という感じではないのですが、田舎の味という感じがして、いいです。こういう自然のものを生かす。春慶などもこれに近いものだし、曲げわっぱもこれに近いですね。割木にはいろいろなテクニックがあるのですが、漆の木は粘りのある木ではないので、そう簡単には割れません。ですから、これは一つのブロックとして最初に加工されているのです。それを輪切りにして重ねてあります。
この木地を生かす技術は昔からあるのですよね。普通は曲げる方に割ったものを利用する方が多いのですが、これは縦に割っています。薪をポンと鉈(なた)で割った時に出てくる生命体そのものの、木肌の素朴な新鮮さがあるわけです。汚れを防ぐために漆で目止めしたり、加工したりしています。
言ってみれば、皆さんが今座っている椅子やテーブルはみんな石油からできていますし、現代は人工物で囲まれているので、何か拒否反応を示したくなると思います。漆の場合は自然のものを使っていますから、今の時代感覚からいえば使ってみたいという自然さがありますよね。人間は近代化や未来化に何となく希望を持ちますが、こういう自然のものの良さは奥深いところで自分と一緒だということがどこかで感じられるわけです。その辺を生かそうとする本間さんの「割木四段重箱」は素晴らしい作品だと思います。中の刳(く)り方と、重なり目の木目のやや上広がりは自然ですが、それが逆に変化を与えています。
今回は特にこういうコロナ問題があって、「人間の将来はもうないのではないか」などといろいろな学者がコメントしていますよね。「このままいったら人類は駄目だ」というようなことをお聞きになったと思いますが、そういうことで私はこの作品は非常にいいなと思いますし、我々に喜びを与えると同時に何かを考えさせる存在だと思います。
次に、山村真一さんにも大賞作品についてコメントをお願いします。
山村真一 ───── 本間さん、おめでとうございます。皆さん、大西先生のお話で気が付かれたかと思いますが、これは漆を掻き終わって、用がなくなった漆の木を更に加工して形作られたものです。本間さんは漆の山を持っておられて、自ら漆を掻くという、漆の木には非常に馴染みの深い方でもあります。特にこの作品の素晴らしいところは、今回の全体を通じてもよく感じられるのですが、いろいろな技法、素材、テーマの選定が出される中で、特にその器材となる素材の開発を自分たちでゼロから工夫して行っている点です。そうした作品がたくさんありました。
実は私も十数年前、人間国宝の川北良造先生からきれいなお椀の木地を見せられて、「これは何の木地か分かりますか」と聞かれた時に、不思議な感じで「これは何でしょうね」と言ったら、「漆を掻き終わった漆の木なのだよ」と言われたのです。漆を掻き終わった木を轆轤(ろくろ)できれいに挽けば、こんなきれいなものができるというサンプルを見せて頂いて、大西先生からもお話が出たように、改めて漆の木の素晴らしさを感じていました。
普通、轆轤というと木の軸の方向に対して横方向に鑿(のみ)を入れて形状を作っていくのですが、まさしくこの「割木四段重箱」は、鉈の素早い勢いで打ち落とす時にできる直線的な形をうまく生かそうというよりも、漆の木が持っている形を自然に表現していこうという、漆の木との対話の中からできた外形を大切にしています。その中を刳り抜いて底板をはめるという加工も理にかなった一つの方法で、新しいお重の形を見せて頂いたと思います。まさしくこれからの時代を予感するような不思議な感じがします。
後で近づいて現物をご覧ください。各段のお重をテーブルの上、あるいは床や畳の上に広げた時に、形が非常に有機的であるため、今までの角や丸といったお重とは少し違った景色がそこに表現できます。ここにいろいろな料理やお菓子を盛って出されると、素晴らしい演出効果もあるのではないかと思います。ましてやアートとしても美しいですし、使うこともできるという新しい接点を狙ったところがとても気に入りました。また、中側の刳り抜いた仕上げもとても丁寧で、外の形と合った漆の中面の設定など、本当に細かいところに気を使われて、よくできています。4段積んだ状態で見て頂くと、本当に直線的なイメージが今までにない新しい演出をしていると思います。
私は特にデザインが専門なのですが、この漆展では5回審査員を務めています。今回は漆を掻き終わって、漆を提供することに命を尽くしてくれた木の最後の活用法として、本間さんに新たな可能性を提案して頂いたように思います。素材としてはヒノキやケヤキなどがよく使われますが、このように漆の木を本格的に鉈で形成したお重に活用し、しかも外形を思い切って先に成形し、そこにお重としての機能を生かしていくのも素晴らしい発想だったと思います。
わざわざ遠くからこの発表会に来て頂いて本当にありがとうございます。この会場に来られている方は恐らく、漆の木の加工に接したことがある方ばかりだと思うのですが、このように世の中にあるものは生まれてきてから亡くなるまで、そして更にそこからまた新しいお重としての人生が始まって、まさしく木の命が始まって、また人々に尽くしてくれるという素晴らしい輪廻の発想があるのではないかと思います。まさしく漆のコンペの大賞に相応しいと私は思います。ありがとうございました。
志甫 ───── 一言よろしいでしょうか。これからの展覧会の広報用に、昨日、審査会場で大賞作品の再撮影を行いました。私は1時間ぐらいこの作品と向き合ったのですが、両先生がおっしゃったように、やはり写真では分からない質感の面白さというものがあります。
この会が終わった後、近づいて木目といいますか、へぎ板の目のような割木を是非とも見て頂きたいと思います。作為と無作為が混じったような非常に不思議な感じの潔い板目になっていますので、是非、ご覧になって頂きたいと思います。
藤原 ───── ありがとうございます。それでは、先生方からご紹介がありましたように、大賞を受賞された本間健司様がこの会場にお見えですので、改めてご紹介いたします。前へ出て頂きまして、今回受賞されたお気持ち、あるいは作品に込められた思いなどについてコメントを頂ければと思います。
本間 ───── 茨城から来た本間健司です。よろしくお願いします。
まず審査員の皆様方、本当に名誉な賞を頂き、どうもありがとうございます。漆掻きと轆轤の仕事を石川県で学んでから20年間、ずっと茨城県に移って制作しています。父と兄が同じ漆の仕事をしていまして、一緒に工房のスタッフとして居ながら勉強し、今年初めて独立して、作品も一昨年ぐらい前から作るようになりました。元々作家になりたくてこの世界に入り、20年間いろいろやってきて、やっとスタート地点に立てたような気がします。本当にありがとうございます。
藤原 ───── 本間様、どうもありがとうございました。それでは引き続き、金賞以下の作品についてのコメントをお願いします。