講評会
銀賞受賞作品(2点)について(2/2)
大西 ───── ありがとうございました。それでは、次に参りましょう。同じく銀賞のデザイン部門「− yoitsugi − 酒器」、松本由衣さんです。川上先生、よろしくお願いします。
川上 ───── ちょっと自分の経験談を語らせて頂きます。随分昔ですが、バブルが始まる頃でしょうか、その頃、那須高原にホテルを造るお手伝いをしたことがあります。今ではオーベルジュとして本当にいいホテルに育っているが、当初は5部屋だけの大変ぜいたくなホテルのプロジェクトに携わって、そのホールのインテリアをデザインしました。その時に長さ15〜16m、幅が1mちょっとある大テーブルをケヤキで作ろうとしたのですが、ケヤキのいいものがなく、また高価過ぎるので、輸入材のブビンガという大木の材料を使い、椅子はカレン材を使って作りました。
ホールは多目的で、そこで食事をする目的にも使います。春先のオープンということで、摺り漆を塗って周到に準備したつもりなのですが、当時はそういった大きく重いものがなかった状況で、時期が悪かったというか、ご存じのように漆は湿気がある方が乾くのですが、いくら経ってもじくじくして乾きません。しかし、片やホテルのオープンは決まっているので、何とか無理をしながら納めて頂きました。その時は何でもなかったのですが、やはり乾き切っていなくて、ホテルの支配人など皆さんが漆にかぶれて大目玉を食らったことがあります。幸いオープン前のことで、慌ててそれを持ち帰って洗い直して、ウレタンに塗り直して、残念ながらそれで納めたという経験をしました。やはり漆のリズムといいましょうか、旬のものを使ってじっくりとゆっくりと積み上げて物を作っていくという作業のリズムと、片や工業製品のように本当に短時間で、効率だけを求めて建物を造っていくという作業のリズムが全然合わなくて、これは大変なことだということを感じました。
そんな中で、これから時代が変わって、経済やお金のためではなく、じっくりと豊かな生活を目指そうという機運に恐らくなってくると思うのです。そういう時にこそ、また漆というものが合った時代が来るのかなと思います。そういう中でもう一度漆を見直して、あるいは逆にものづくりの中でもまた見直されてきている手作りの復権のようなことがあるような気がしています。
この酒器ですけれども、先ほどから話に出ているように、映像でどの程度分かったのか、スケール感が分からないし、よくこれが選ばれたなと思います。私は昔から高岡のクラフトコンペの審査をお手伝いしましたけれども、この類いの作品はたくさん世の中にあるので、ある意味ではよく使われる手法でもあるし、ありふれているのだけれども、実際に物に触れてみると、なかなか造形力があります。麻布をかぶせる布着せの方法は、ただかぶせてしまうだけではない工夫があり、突板との合わせ方も華美ではなくて本当に静かな中に考えられていると同時に、何でもない形に見えて手に優しく、ちょっとほっこりした感じで、今までいろいろなものを見た中でこれは秀逸だなと思って選ばせて頂いたわけです。
逆に新しい生活表現とか、そういうものがあるかどうかということに対しては疑問に思われるかもしれませんが、物としての存在感、可愛らしさ、優しさに対して非常に気を使われたということを感じた逸品でした。