Jurors’ Comments
審査講評
栄久庵 憲司
- インダストリアルデザイナー
漆の世界が転回点に差し掛かっていると言わねばならない漆のコンペでした。徳川時代の安定期から明治の日清戦争にかけて漆の世界は長途の進歩を得てきました。時代が安定しないと漆のような文化は絶対に進歩しません。日露戦争以後は日本も軍国主義化し世間の動きは大きく変わりました。軍人の世界の到来です。また、徳川時代の末期には様々な国で万国博覧会が開かれ、その都度日本の漆工芸が参加し、世界から高評を得ました。漆の精緻さに勝るものはありません。日本の文化の土壌には漆があります。終戦と同時に日本の伝統文化は米国の占領下にあり、運用が禁止されましたが、生活文化に染みこまれた漆文化は長く伝えられてきました。生活自身も徳川、明治初期とは異にせず続けられてきたので、漆の文化は辛うじて留まりました。味噌汁は漆の椀に限ると言った様に、漆が実生活で評価されていたという証です。最近は食生活の在り方が変わり、ハンバーグステーキに漆ではその間に一致点が見いだされなくなりました。ただ料亭など高級な料理屋や和風旅館でその姿を思い浮かべることができます。決して文化の基礎と言ったものではありません。
今日の漆コンペの出品作品の多くは、漆のこれからの方向性を探っているようでした。かつてのような絢爛とした精緻な作品は一つもありませんが、時代の変化を求めた作品に目が及ぶと時代の変化は大きな意味を見出さざるを得ませんでした。つまりそれは文化の変貌という観点から見て重大なことです。漆が飽きられたのではなく、漆の新しい生きる道が求められようとしているのです。なかんずく一席の犀は、一見漆と思えないようなつくりで生活に面白みを構築した珍品と言えるでしょう。漆文化にとって面白い時代が来ました。
大西 長利
- 漆芸家
- 東京芸術大学名誉教授
工芸本来の用と美の概念が、ここ半世紀オブジェ表現や、造形表現の幻影に創造性を託す傾向が多く見られていた。この流れは日本だけにはじまったことではないが、世界的視野で見られた工芸のアート指向であった。その背景には急速に進む生活用品の工業化があった。亦その後につづくIT化による世界規模の同時情報伝達システムによって、生活の情報も隅々までいきわたるようになってきた。この流れの功罪は、しばらくは注視するしかない。だが、工芸本来の使命である用と美の規範概念をどこかに置き忘れていたことに気付かされることになったことは幸いであった。
さて、国際漆展・石川が始まって30年近くなります。漆が秘蔵している魅力を民族や国境を越えた視点から未来に向けて探るものです。回を重ねる毎に、広がりの輪は大きくなってきました。
今回は新たにロシア、オランダ、ブラジルから出品参加がありました。日本の表現には見られない感性は新鮮な魅力があります。よい刺激になると思いますので注視して下さい。
ドイツ、フランス、デンマークなどヨーロッパ作家に共通して感じることですが、非常にデリケートな感性でもって漆の素材を見つめていることです。日本の作家の習性は、きちっと仕上げることに全神経をそそぎすぎていて、そのために漆が発している生来の声を聞き落としてしまう恐れがありはしないか、高度な技術力で捩じ伏せていないか、漆との対話を忘れてはいないか、など気付かされることがある。
用と美は漆との対話から生まれるのではないでしょうか。今回の大賞受賞作品はまさに対話を重ねて生まれた作品と見ました。作品を介してさらに話題は弾むことでしょう。
小松 喨一
- 金沢美術工芸大学名誉教授
受賞審査は11ヶ国71点の公募作品の中より、審査基準に沿って合議を尊重し決定された。
審査基準
・ 新しい生活提案や用途開発を行っていること
・ 新しい感性の表現や提案を行っていること
・ 地域の固有技術を高度に活用していること
大賞には、彦十蒔絵の若宮隆志さんの「犀の賽銭箱」が受賞となる。大賞作品は意外と小さな作品であったが、企画化された作品像からは、我々が想像する野生の「犀」のイメージだけではなく、漆芸の柔らかく繊細な技術によって、レベルの高い全体像として捕らえることができた。作品の関心のポイントである頭部を「ひねる」と、「犀」の「体内カラクリ」の演出が見られ、この作品のアイディアのポイントが面白く伝わりアピールされている。ただ頭部内の作品については、大きさや工作に少々難点があるが、これまでにない創造性豊かな作品であり、漆芸の伝統と斬新が調和する可能性を追求した作品であった。
小松喨一賞の金宣和さん(アメリカ)の作品は、スツールの座の動きあるデザインと螺鈿の力強い花模様から、生命の動きや人生の賛美が感じられ、この作品からも伝統と斬新な造形を汲みとることができる。
権 相五
- 漆芸家、新羅大学校芸術大学工芸学科
- 教授、新羅大学校漆芸研究所長(韓国)
第10回国際漆展・石川2014の開催、おめでとうございます。
今回は前回よりも50点以上多く作品応募があり、またデザイン部門とアート部門を分けて審査したが、デザイン部門のパワーが目立った。
これは、特に石川県の地方産業の長い伝統である職人と産業の交流により実を結んだものであろうと思われる。
伝統的な形態と技能から抜け出し、伝統工芸と科学技術を融合させた作品が目立った。形態が現代的で、技能もまた化学的な塗料や機能を導入しながら、今後の工芸は現代人に合った現代美を追求して時代の変化に対応していかなければならない。
今年の大賞の作品はアート部門で、漆工芸の真髄を見せてくれたようである。
形態美、精密さ、そして緊張感から感動を引き起こさせる力作であると思われる。
第10回展記念特別賞はデザイン部門の作品で、デザイナーによる形態美と職人の技能が調和した産業的な工芸としての役割が引き立つ。
今後の展示会でも、漆を通じて国際交流と産業の活性化、そして現代生活の中での漆の価値と美しさが実現されればと期待する。
前 史雄
- 漆芸家
- 重要無形文化財(沈金)保持者
〜用と美のひろがり〜
工芸は古来産業の中で発展し「職人」と呼ばれる方々が色々な素材を用いて素晴らしい製品を造り出していた。産業の大きな一つの流れの中で産業工芸と作り手の個性を強く打ち出した作家による表現の工芸、工芸美術と云ってよいがこの境は大変難しく、その差を述べることは難しい。なぜなら素材やそのものを生かす技法を用いて産業という製品から枝分かれし作家という造り人が生まれてきたからである。つくり手の意識や目指す先の違いによって生み出された「モノ」が違ってくるということである。
この度の国際漆展の趣旨はデザインとアートの二部門に分割し応募している。デザインは生活提案や用途開発、アートは感性の表現や提案の物、そしてそれぞれの地方の固有技術を活用しているもの、この三要件が審査の基準となっていた。それにそって審査に当たり、その結果デザインやアートで独自の素晴らしい感性を生かした十六作品が受賞作品となった。
大賞の犀の賽銭箱は私達の感性になじみやすく、その素材を美しい形に生まれかわらせる高度な技術とその多様さには驚かされた。
自分にしかできない仕事、自らの手で得られる確実な感触、機械にも優る人間の手技の可能性をかけて産地の活性化を促していただきたく期している。
山村 真一
- デザインコンサルタント
- ㈱コボ代表取締役社長
今年度の国際漆展・石川2014の審査は第10回目を迎えた。従来の漆展審査と大きく変わったところは「アート部門」と「デザイン部門」が設けられた事だろう。
「アート部門」は美しさや作品性が重要な要素となり、表現を主目的とした作品の提案部門と定義付けされ、「デザイン部門」はアートの「美」に対し「用」としての役割をテーマとし計画的な生産、流通が可能な商品の提案部門と定義付けされた。
今回は応募者自らが選び応募するシステムであった。この新応募制度による為か、海外からの14ヵ国と日本国内からの応募が合計207点と云う従来の件数より相当多い件数であった事は大変良かったのではないだろうか。
今回の応募作品の中で高い評価となった共通する要素は、音が出る構造であったり、組立要素を持った作品が多かった事である。代表的なものとして、大賞となった「アート部門」の「犀の賽銭箱」や第10回展記念特別賞となった「デザイン部門」の「蓄音木ピアノブラック」である。
前者は精度の高い仕組みを持つ「犀の置物」であり、後者はスマートフォンの音量を電源仕様なく拡大させて音楽を楽しむ漆スピーカーであった。
共に精密な精度と計画性が要求される技術ならではの技であり、高い完成度と高い感性が評価された。
大賞と10回展記念特別賞の2点が世界一級の漆器産地を有する県内地域であった事は喜ばしい事であり、産地の元気付けに一役果す事になれば本展の開催意義として大変素晴らしい事と云えよう。
今回の漆展はアート作品はもとより、服飾装飾品、玩具、仏壇、収納家具、食器、照明器具、楽器と多様なジャンルから出展があり、技術や素材も木製、紙、ガラス、陶磁器、金属、布等に多様な技術の加飾を用いた応募が多く、漆本来の持つ多様性が生かされた素晴らしい第10回国際漆展・石川であったと思う。
御手洗 照子
- ㈲T-POT代表取締役
国際漆展・石川2014の第1次画像審査に参加し興味深く楽しい経験をさせて頂きました。暮らしの中での木の塗りものというと昨今ではややすり漆のような木肌を見せるものに一方的に人気が集まっている感があります。それに対し今回ここでは今更ですが乾漆の可能性の大きさを感じました。形の自在さ、大きさの自由さ、軽さ、乾燥に対する強さなどの扱い易さ等々。その魅力の割に未だ一般的知名度は大きいとは言えないのですが海外への波及などを視野に入れるとますますこれからの漆の世界を牽引していく存在となりそうです。そしてもう一つ小さな流れとなりつつあるのは接着性を持つ樹液という漆素材そのものへの傾倒です。例えば金継ぎは今や女性のもっともやりたいお稽古事の一つであり、海外でもKINTSUGIという陶磁器のブランドが出るほど人気が高まっています。ただつなぎ合わせるだけでなくそれによって新しい価値が生まれるところに今日的な魅力があるのでしょう。今回の出品作の中では中村有希さんの漂流物のようなものに漆を塗った作品が個人的には一番魅かれました。残欠物が漆によってつながり新しい存在感を手に入れる、大変魅惑的かつ詩的なストーリーです。
これからも日本のみならず世界のクリエーターが日常の或いは非日常の中での漆の可能性を探求して下さることを一漆ファンとして心から願っています。