講評会
銀賞受賞作品(2点)について(2/2)
玉屋 ───── それでは引き続きまして、銀賞のデザイン部門の作品です。ピノン・ニコラ(PINON Nicolas)さんとフリンカ・ディミトリー(HLINKA Dimitry)さんの「Tipo」です。山村真一先生、よろしくお願いいたします。
山村真一 ───── 皆さんおめでとうございます。今回は本当に素晴らしい作品が多くて、審査するのが本当に難しい状況でした。特に海外からの素晴らしい応募が幾つかありました。
その中でデザイン部門の銀賞に輝いたのは、フランスのピノン・ニコラさんとフリンカ・ディミトリーさんの共作によるポットです。これは非常に美しい形をしています。作家の説明を見ますと、ノルマンディー号というフランスの客船の美しい形をポットにそのまま取り入れています。特に船首の尖った注ぎ口は本当にきれいにできています。全体としても非常に優しく、まさしく漆の特徴を上手に表現する溜塗りの美しい注器とカップです。
美しい形だけではなくて、実はこの注器はカップに注ぐと、写真ではポットが下の方から赤みを帯びた形で色が出ていますが、温度によって変化するという感熱型の新しい漆の顔料を使っています。これは実は私も少し関わったことがあって、生きたイカの内臓からとれる環境の色に応じて素早く変化する色素が、マイクロカプセルに封じ込められていて、それが一つの塗料の中に埋め込まれています。これはもちろんイカですから人畜無害の非常に安全なものなのですが、新しい先端技術を見事に伝統的な漆の工程の中に生かしています。
このカップですと80~90℃ぐらい、お茶やコーヒーがちょうどおいしく頂ける温度に設定されたものを使われているのではないかと思いますが、今は0.5℃刻みで顔料があります。温度を表現するものは、化学物質や電子的なものが多いのですが、これは原始的な色素を非常にうまく利用したもので、使い方によってはかなり面白い素材だと思います。お風呂に浮かべてお湯の温度が分かる温度計などにはよく使われているのですが、食器に使われたのは私も初めて見ました。非常にきれいに温度で色の変化があって、飲むに従ってカップを傾けると、温かいお茶やコーヒーが斜めに揺らぐ様子まで読み取れます。漆がとてもきれいに塗られ、木地も非常に薄く仕上げられていました。
こういう新しい技術をこれから新しい社会に向けて使っていくとこんな可能性があるのだというものは、伝統工芸の世界にはあまりなかったので、非常に珍しい作品だと思います。これは日本で生まれた技術なのですが、作者はフランスから大西先生のいる願船漆工房に弟子として勉強しに来られたことがあるそうです。今でも時々訪れるということで、恐らく日本のどこかでいろいろ調べられて、温度で色が変わるという材料を発見されたのではないかと思います。
こういう複合的な新しい視点によって伝統的な技術の新しい世界が開かれるということは、これからの漆にとっても大事なことです。漆は1万年以上前の縄文時代から既に使われていたといわれていますが、まさしくお湯を沸かす工程の中で使われる接着剤として、あるいは美しい模様としていろいろな使われ方がずっとされていたと思います。これが今現在、未来に向かって新しい技術が生かされた漆器が国際漆展をきっかけに発表され、世界に広げられていくことは非常に素晴らしいことだと思います。まさしく先端材料と伝統工芸技術を生かした、本当に新しい文化の入り口ではないかとも考えられると思います。
新しい技術はあまり好きではないと言われる方も多いのですが、こういう素晴らしい天然素材を他にもお箸やいろいろなものに上手に生かせたら素晴らしいものになるのではないかと思います。