講評会
審査員特別賞受賞作品(7点)について(1/3)
玉屋 ───── どうもありがとうございました。それでは次に、審査員特別賞に移りたいと思います。大西長利賞、ガーブラー・ヘリ(GAHBLER Heri)さんの「Subtile」です。それでは大西先生、よろしくお願いします。
大西 ───── ドイツのガーブラーさんは、国際漆展が始まった34年前からずっと出していらっしゃる方です。この方は私もよく存じ上げています。この間、ドイツのミュンスターに行ったときに、ラッククンストミュージアムという塗り物のコレクションをしているかわいい博物館があり、そこで展覧会があって私も出したのですが、そこでもお会いしていろいろ話をしました。だから三十数年間ずっと友達といいますか、毎回ドイツからおいでになるのです。日本文化にだんだん深く入っていこうとする感じがあるのです。その深いところで新たに発見していくことが楽しみの一つのようです。
漆というのは、色を塗る場合でも顔料を練り込んでしまいますと漆の色に染まっていきます。だから、ぼうっとしてあまり定かでない色になるのですが、それを隠してくれるところが漆の良さなのです。ポケットに大事なものを隠すように、漆の塗膜で隠してしまう。絵具をそのまま塗りますと、ほとんど原色です。それでは絵にならないのです。でも、絵の具屋さんはそういうふうに作っているわけです。それを画家は、油絵の具で塗ったものを生々しくないようにしようとするのです。そこが面白いところで、絵の深みが漏れてくるのです。皆さん子どものときから絵を描いていらっしゃるから、絵というのは生々しい色も魅力的ですが、渋くて深く沈んだ色というのも、深い所を魚が泳いでいる姿などというのもいいですよね。でも、最近はテレビで、海の中でもどこでも便利に見えてしまいますから、あまり問題にしなくなりました。
要するに、見えないけれども見えるという、そこが漆の持つ魅力なのです。キンキラキンに色がばっと表に出るということをしないのです。日本の場合、夜は行灯やろうそくでぼんやりとしてみえる。そのぼんやりというのが大事なのです。それを生かさないといけない。深いと言えばいいのか、定かでないところが魅力的な場合もあるし、他のものでは出ない漆の魅力があるのです。ガーブラーさんはそこを知っているのです。それを非常に大事にしている。だからこの作品は、緑っぽい色の形がかすかに見えているのですが、定かではない。そこを一生懸命彼はやっていますね。漆で絵を描くのも一つの大事な仕事です。油絵の具では出ないのです。油絵の具は色としては生々しい色になるけれども、落ち着いた深い良い色にはなりません。
そういうことで、今回の展覧会ではガーブラーさんにぜひまた会いたいと思って、今から心待ちにしています。
玉屋 ───── 先生、ありがとうございました。それでは次に、川上元美賞、榎本文夫さんの「森のこどもたち -封書開きナイフ- 」です。川上先生、よろしくお願いいたします。
川上 ───── これは少し迷いました。そして最終的に「森のこどもたち -封書開きナイフ- 」を選びました。日本の林業は疲弊しているわけですが、ざっくばらんに言うと、植林した森は間伐しないと弱っていきます。放っておくとそのうち山は崩れていきます。
そんな状況の中で材料を林業として取っているわけですが、通常の建築材料や化学材料、そして挽物材料を取るときに、木の部分によって、いわゆる特級とか、一等材とか、挽材とか、節のない部分であるとか、節があるとか、そんな中でいろいろとランクが付いていくわけです。そういう中で必ず木っ端というか、皮の部分などいわゆる端材がたくさん出るわけです。それが現状として本当に低価格で、紙パルプの材料やバイオマスのチップなどに使われて流れていってしまうわけです。
木に関わっている人たちはそういうことに痛みを感じているわけですが、この作者は端材の自然な形を生かして、黒塗りの仕上げや溜塗りをして、乾燥した漆の強さを使ってペーパーナイフ、封書を開くための道具に使いたいという思い付きがあったわけです。通常の、漆を使って何を作るかということとちょっと違う面白い視点です。「森のこどもたち」という名前が付いていますが、木っ端に対して慈しみの心を持ちながら作ったのだろうという思いもします。
また、今求められている循環型、持続型の社会に向かっていろいろなことで世の中が動いているわけですから、それに追随していかなければ将来大変なことになるということは皆さん分かっているわけです。そんな中で、最近よくいわれているSDGsにのっとったものづくりの一例として、これが世の中に向かってどれだけの力があるかということは別にしても、社会運動の一環として素晴らしいことだと私は感じます。漆とつながるという、漆の深さというか強さを感じてこれを選んだわけです。
これはアート部門に応募されてきているのですが、今回の審査の中でもアートかデザインかということはいろいろと議論して、これはなかなか尽くせない深い問題でもあります。つい先日も大阪の美術館で、「デザインに恋したアート アートに嫉妬したデザイン」というテーマの展覧会がありましたが、これは戦後日本のいろいろなデザインやアートの作品を集めて、そこで評価するのではなくて、その重なりを皆さんに見てもらって考えてもらう展覧会だったと思います。そんなことも含めて、漆の抱える問題というか、今の商品、作品、美術品いろいろありますが、いろいろな角度から考え方が深まっていって、ますますその境界が広がっているということを実感した審査会でもありました。