講評会
審査員特別賞受賞作品(7点)について(3/3)
玉屋 ───── ありがとうございます。それでは次に、田中信行賞です。張思藝さんの「夢幻の輪廻–孕Ⅰ」です。田中先生、よろしくお願いします。
田中 ───── 漆の表現というのは、結構細かいのです。この展覧会では比較的、漆芸の生活が生かされる、伝統を踏まえた美しい作品が選ばれていると思うのですが、実は漆を使った表現というのは、ムーブメントとは言わないけれども、かなりいろいろなものが出ている現状があると私は思っています。
張さんは中国からの留学生で、これはちょっと抽象的な言い方になるのですが、自分の内臓がある意味で宇宙の感覚につながっている。実際われわれ人間は、全て地球から自然から何から宇宙とつながっているわけです。これはみんな分かっていることなのですが、古代中国にもそういう思想があります。そういうことを、内臓を一つの形として漆で表現した作品なのです。
日本の伝統的な生活の中で、美しい日本の文化があるわけですが、それを基本としながらも、今生きていて、そこにどういう漆を生かしながら、そこに自分の心と精神と考えを込めていくかということが問われている。新しいものを生み出す可能性を有しているわけです。そういう意味で、今回入賞していないのだけれども、秋の展示でちゃんと展示すると輝く作品がたくさんあるだろうと私は思っています。これは展覧会なので、審査の状況や審査員の先生方の構成などはやむを得ない。ただ私がこの作品をあえて推薦したのは、新しい漆の思想や考え方を込めた作品であるからで、ここを私は一つの可能性として評価して賞に推薦させていただきました。
玉屋 ───── ありがとうございました。それでは次は、山村慎哉賞です。ドラリュ・マリオン(DELARUE Marion)さんの「Sangtu」です。山村慎哉先生、よろしくお願いいたします。
山村慎哉 ───── これは私も本当に悩みました。Sangtuというのは知らなかったのですが、韓国ドラマを見ていると、時代劇に出てくる男性が頭の上をちょっと縛っていて、そこにかぶさっている、日本で言うかんざしのようなものです。これは男性用らしいのですが、それを貝を使って作っています。
内容も知らずに何か不思議だなと思ったのは、私は制作者でもあるので、どうしても素材に非常に興味がいってしまうのです。この素材は見たことのない形の貝だったので、後で調べてみたのです。これは多分、オウムガイです。オウムガイなのですが、側面の部分と、前面・背面の部分がどうしてくっついているのかがまず分からなかったのです。前と横をつなぐ、この不思議な曲面がどうなっているのかが分からなくてずっと気になっていたのですが、これも調べて分かりました。貝は通常、入り口から最後まで空洞になっているのですが、巻貝であるオウムガイは、途中で層が何個かできて部屋が区切られていくのです。その区切られた第1層を利用して、後でくっつけているわけではなくて、その素材の形そのものを削って表現していることになるのだと思います。
工芸というのはどうしても素材と技法の世界になります。これをいかに考えて美しく見せられるかという、他の美術とは違う要素のある分野だと思うのですが、そういう意味で考えると、螺鈿というと貝を薄くはいで1枚の板にして、それを貼っていくわけですが、この作品はそうではなく、貝そのもののフォルムをいかに上手に使えるかというところで表現した作品ということで、ちょっと他にはあまりないものだということで、賞に選びま
した。
ただ、これにはもう少しコンセプトがありまして、作者はフランスの女性なのですが、この形が非常に女性的だと本人は感じているようで、韓国の男性優位の権威的な社会の中に女性のフォルムを持った貝を付けるということで、一種の滑稽さを出しているのだというふうに書いてあります。なので、単に工芸の素材の面白さだけではなく、作家本人の考えも含めた作品ということで、まさに一つのアートとして評価しました。
玉屋 ───── どうもありがとうございました。それでは最後になりますけれども、志甫雅人賞です。彩木工房まるもん屋の早川美菜子さんと早川朋宏さんの「蒔地塗Lunch Box」です。志甫さん、お願いします。
志甫 ───── 今回は、応募も入賞作品もご覧のとおり非常にバリエーションに富んでおり、いろいろなものが応募され、かついろいろな視点からのものが受賞されたと思っております。最後はこういうちょっと楽しいカラフルなランチボックスの提案で、写真に出ているように三つ重ねのランチボックスなのですが、身の方にはご飯があって、中の方におかずがあって、蓋に当たる部分をひっくり返すとお味噌汁を盛り付けるという感じでランチを楽しんでくださいという提案です。
色展開は、送っていただいた写真では3色だったのですが、実際に送られてきた商品は7色カラー展開をしておりました。題名にもありましたが、蒔地仕上げということで、非常に堅牢で傷が付きにくい、あるいは目立たないという、日常使いを目指したものになっています。
作者の意図も、漆器をもっと普段使いしてほしい、身近に感じてほしいという思いがものすごく強くおありのようです。プロフィール的には、多分ご夫婦だと思うのですが、二人でのご出展で、お二人とも山中の石川県挽物轆轤技術研修所で研修をした後、山形の方で工房を営まれていると聞いております。
現物を見ると、ちょっとカラフルな、形もかわいらしいランチボックスを使うと、毎日のお昼もきっと楽しくなるのではなかろうかということで、賞として選びました。これも実は何人かの審査員の方が票を入れていらっしゃったので、共感を集めたのではなかろうかと思っています。
この漆展は今回13回目ということで長くやっておりますが、こういう一つのジャンルとして、生活を彩るようなポップで楽しいデザイン提案もぜひ歓迎したいと思いますので、ぜひ今後また応募されることを期待したいと思います。