今回が第9回目となる「国際漆展・石川2012」は、世界7の国と地域から151点の作品応募がありました。
8月31日(水)のスライド審査会で7の国と地域78点の作品が通過し、展示会に向けて7の国と地域から75点の作品が寄せられてきました。そして、11月10日(木)の本審査会で、14点の入賞作品が決定しました。
本審査会翌日の11月11日(金)に開催したこの審査結果発表・講評会では、審査員の皆様方から審査結果の報告と入賞作品に対する講評を頂くとともに、本審査を振り返っての感想や漆の今後に対する意見などを語って頂きました。
本稿では、その概要をご紹介いたします。
大西 長利 漆芸家、東京芸術大学名誉教授
小松 喨一 金沢卯辰山工芸工房館長、(財)石川県デザインセンター副理事長
権 相五 漆芸家、新羅大学校芸術大学工芸学科教授、新羅大学校漆芸研究所長(韓国)
前 史雄 漆芸家、重要無形文化財(沈金)保持者
山村 真一 デザインコンサルタント、(株)コボ代表取締役社長
開会と講師紹介
[棒田]
皆さんおはようございます。ただ今から「国際漆展・石川2012」の審査結果発表・講評会を開催します。私は、国際漆展・石川開催委員会副委員長で財団法人石川県デザインセンター専務理事の棒田です。本日は、ざっくばらんな意見交換の場にしたいと思いますので、どうかよろしくお願いします。
先生方には、本当にお忙しい中を遠くからお越しいただき、昨日は沢山の大変素晴らしい作品の中から賞を決めるという大変な役目をしていていただき、誠にありがとうございました。
世界的にも著名な方々ばかりの審査員の皆さまが、一堂に会するこのような機会はあまりないと思います。最後までしっかりお聞きいただき、後ほど質疑応答の時間を設けますので、忌憚のないご意見をお願いしたいと思います。
先生方のご紹介をいたします。東京芸術大学名誉教授で漆芸家としてご活躍中の大西長利さんです。大西さんには今回の審査委員長を務めていただきました。そのお隣が、沈金の重要無形文化財保持者の前史雄さんです。続きまして、日本を代表するインダストリアルデザイナーの栄久庵憲司さんです。そして韓国から漆芸家で新羅大学校芸術大学工芸学科教授の権相五さんです。デザインコンサルタントで株式会社コボ代表取締役社長の山村真一さんです。金沢卯辰山工芸工房の館長で、石川県デザインセンター副理事長の小松喨一さんです。
事業概要と経過報告
[棒田]
最初に、本展の概要および開催の経過を簡単にご説明いたします。本展は、漆の国際公募展として1989年に始まり今回で9回目を迎えます。
漆を用いた新しい生活提案や新しい感性の提案などを、広く国内外に求めることで、漆産業の活性化と漆を通じた国際交流の推進、生活文化の向上を期待して開催してきました。
今回は、「漆の新しい広がり」をテーマに、今年1月から作品を公募し、世界の7の国と地域から151点の応募がありました。去る8月31日に、本日お見えの大西長利さん、小松喨一さん、権相五さん、前史雄さんの4人で、画像による第一次審査を行いました。
審査は大変厳しいものとなりましたが、その結果、世界の7の国と地域から、78点の作品が第一次審査を通過しました。昨日の本審査には、第一次審査を通過した78点のうち75点の作品が送られてきました。
昨日10日の本審査会で入賞作品を決定しました。大変な力作ぞろいで、審査も大変厳しいものとなりましたが、大賞と金賞そして銀賞2点は皆様方の目の前でご覧いただいております。その他の審査結果は入賞者名簿のとおりです。
それではここからの進行は、スライド審査と本審査の審査委員長をお務めいただいた大西長利さんにお願いしたいと思います。
審査経過の報告
[大西]
皆さんおはようございます。ようこそおいでくださいました。昨日、本審査を終了しました。なかなか大変でしたが、いろいろな角度から議論して、どれが大賞にふさわしいかなど、いろいろな点を長時間にわたって話し合いました。
東日本大震災の影響でしょうか、国際漆展でも風評被害がありました。特にヨーロッパからは、作品を送っても、放射能がついて返ってくるのではないかなど、いろいろな憶測があったようです。私たちは、毎回多くの作品が出品されてくるフランスには特に期待していますが、今回は1点も来ませんでした。
私としては、漆の素晴らしい魅力を、国際的な視点に立って広く知らしめたいと思っており、そうした思いから「国際漆展」というタイトルを示しておりますので、大変、残念に思っています。
一方、アジアでは、中国がかなり文化に目覚めつつあります。中国の都市部が経済的にも豊かになってくると、文化面も豊かになるということが常識なので大変結構なことだと思っていたところ、やはりそれが作品に確実に反映されていましたし、多くの応募がありました。
今までは、中国から個人的に国外へ作品を送り出すとき、国の許可など手続き上の問題点がいろいろありましたが、ここへ来てだんだんそのような制約がなくなってきたこともあって、個人的にも作品を世界中どこへでも出せるようになってきています。
中国の漆と日本の漆はどちらが古いかという関心事がありますが、最近、日本で漆発掘品が出ています。福井県の鳥浜遺跡からは1万2600年前のウルシの木の枝が見つかり、漆が身近にあったことを証明しています。また、北海道の垣ノ島(かきのしま)遺跡からは9000年前の漆器が見つかっています。一方、中国では発掘はどんどん進んでいるようですが、9000年を超えるものはまだ公式には発表されていません。河姆渡(かぼど)遺跡で7000年前です。
その比較では日本の方が古いということになりますが、中国大陸は広いので、いつ何時さらに古いものが出てくるか分かりません。ですから、漆というものを東アジア全域のバックグラウンドであるととらえた方がいいと思います。日本が一番だなどということは国境がなかった昔から見た場合にはあまり意味がありません。
日本の考古学の世界では、そういうことを盛んに論争されていますが、漆はアジア全域の根幹にかかわる文化ですし、古くて新しい未来を生み出していく素材なので、そういう認識に立ち、皆さんもあまり目先のことを追いかけずに100〜200年先ぐらいの未来を見てください。そのくらいたたないと、本物の評価は出ないのです。一気に普及してもすぐに消えてしまうような最近のはやりを、われわれが追いかけても仕方がありません。
私たちは、漆が本当に素晴らしいという根拠になるものをしっかりと持つべきだと思います。そして、未来に向かって素晴らしい文化を世界に見せていこうではありませんか。そのような願望を込めて、私たちは今回の国際漆展に期待を持って臨みました。
スライド審査ですが、画像で審査をするのは大変、難しいものです。私たち4人は、いろいろな角度から議論し、間違いのないところを確信を持って本審査に受け渡しました。
大賞を取ったのは、中国の二十代女性の作品です。一見、何げないように見えますが、若い素直な感性で非常に文学的な要素を持っています。形の上でデリケートであり、あまりきちきちとかたくなになっていないところが伸びやかでいいと思いました。題名は「相思」、この作品を通じて、遠くにいる人に思いを通わせるという文学的な雰囲気を含めています。作品には機能性や技術性だけでなく、文学的な要素も必要だろうという点も、審査員から指摘されました。審査員の先生にはそれぞれ個性を持った視点があるので、後でそのような点をお話しいただきたいと思います。
今後、中国が恐らく急速にいろいろな活動を始めると思います。グランプリ作品などは日本の影響をかなり受けている感じがするので、日本ものんびりしていられないというか、切磋琢磨しなくてはならないときが目に見えている感じがします。
この展覧会は今回で9回目を迎え、23年ほど続いています。第1回目が平成元年だったそうで、栄久庵先生はその年からおやりになっていますが、感じていらっしゃることをお話しください。
[栄久庵]
私は、漆のよさを一言で把握したいとかねがね思っていました。自分自身も目出度いときなどに漆を使っていますし、特に外国からお客さまが来られたり、私が外国に行ったりしたときに差し上げるのに、いつも漆を選びます。なぜ漆を選ぶのかと、渡しながらいつも思っているんですが、良いものを差し上げることが心の表れだといつも思っているので、何が良いのかということをどうしてもつかまえたいのです。若い頃からいろいろな漆を見ている割には、全体的にはほんのりしたものをつかむのですが、もっと何かあるのではないかと思い続けてきました。
ご存じのように、漆そのものがjapanといわれるぐらいで、世界的に有名です。戦いに敗れてから日本はカメラをはじめ精密機械から自動車に至るまで、世界的になったことは事実です。それと匹敵するものに、何が誇りに思えるかと考えた結果、漆にたどり着きました。漆は、お盆でもお椀でも硯箱にしても、手に触れた途端に心がすきっとします。これは本当に古来からの漆の良さでしょう。漆のものを日ごろ使うのは、非常に便利だからという理由からだとはどうしても思えません。
今までの日本の工業製品は、パソコンにしても計算機にしても、使いやすく、非常に合理的で能率的で、小さくて持ち運びしやすいということで、世界的なものであるという自慢はできますが、気持ちの心底からすきっとさせるものはあるでしょうか。
最近は頭が痛いときにさっぱりする薬などがありますが、気持ちの中ですっきりするとは、どういうことなのでしょうか。仮に心にわだかまりがあったときに、瞬間でもいいからそれを整理してくれる、正しいのはこれだと思わせるということだと思います。
世界の中でも、まさに心のひだを慰めるものはめったにありません。工芸一般にはほかにも多少似たようなものがありますが、特に漆の場合は程度が高いと思っています。ですから、これはまさに日本の宝として大事にしていかなければなりません。ここにある作品を見ても、心をざわつかさせるのものではなくて、逆に心を静かにさせて癒してくれます。たくさんの漆のものが、どれも心を癒す力を持っているのではないかと思います。
世界を広く見ても、心を癒すものはそんなにありません。ペニシリンが発見されたとき、それで結核が治るので、世界的に大変驚きがありましたが、私は、漆はそれに匹敵するとも劣らないと思っています。ペニシリンが右側から気持ちを治したとすると、漆はどうも反対側から心を治していくのではないでしょうか。
「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」という、親鸞聖人の悪人正機のように、言ってしまえば仏様のようなもので、誰でも救われることは非常に重要なことです。そういうものが漆という世界なのです。しかも日本では何千年の歴史を持っているので、まずは皆さんに、心を癒すという意味で誇り高きものをぜひとも持っていただきたい。その癒しは、ペニシリンにもなければ、カメラにもない独特のものです。漆は、仏の心のような強いものを内在しており、それを引き出していくものだと思います。
特にわが国は、いろいろと天変地異がある状態で困っているし、今後、一つの時代を生きていかなければならない中で、心が乱れていると困ります。そういう点で、誰もが共通言語として、漆は心を癒すものだと思っているのです。普通のレストランできれいなお盆が出てくると、それだけでも気持ちが癒されます。そんなことを感じています。
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