Discussion
審査講評(6)
奨励賞作品の講評
禁断の果実
Forbidden Fruit
H22×W140×D25
2017
The Animal Carnival
H6×W8×D6
2016
空の皿
Hollow Dish
H5×W18×D18
2017
「花 . 生」
(飾りボタン、ブローチ、箸置き等)
「Peanuts」
(Art Button, Brooch, Chopstick Rest...)
H1.5×W5×D6
2016
大西 ───── ありがとうございました。次は奨励賞です。
一つ目は、東京都在住の松井圭太郎さんの「禁断の果実」という作品です。山村先生、よろしくお願いします。
山村真 ──── これはアート部門の奨励賞ですが、「禁断の果実」として六つの果物がワイヤーフレームの中に納まっています。それぞれ昔の伝説や神話に出てくる果物をモチーフにして、非常に特徴を捉え、漆と多様な素材で作られています。例えば螺鈿や乾漆、蒔絵、キルンキャスティングといった手法を用い、金属やガラス、そして貝殻がとてもきれいに特徴を持って生かされています。
また、この展示の仕方も、6個並んでいるわけですが、フレームは単なる正方形ではなく、微妙に高さが調節してあります。中の果物を特徴的に見せられるように少し低めになっており、上から見ると四角いフレームです。これもスチールに黒漆が塗られています。これによって果物が非常に特徴付けられて、一つ一つが安心して見られるという、まさしく空想の小箱に入った禁断の果物という印象です。
しかも禁断の果物とはいえ、あまり毒々しい感じがなくて、実にチャーミングにかわいらしく作られています。また、漆の技法が適宜、小さなそれぞれの果物の実や葉、軸に用いられており、それぞれの果物の色も実に工夫されています。現実にある果物そっくりそのままのリアリティのある色で表現されているかというと、やはりそうではなくて、伝説や神話に基づいた作者のイメージで果物を作り上げています。そのような非常に美しい表現方法がそれぞれの果物に、それぞれの技術と素材で生かされています。
一つ一つがペンダントなどのアクセサリーに付けてもおしゃれだなと思うようなもので、しかもそれがこのキューブのスチールでできたワイヤーフレームの中に入ることで、一つの演出ができているわけです。今は横に並んでいますが、縦に並べたり、あるいはもっとランダムに並べたり、恐らくいろいろな展示の仕方もあるかと思います。これを手に入れた方は自分の室内の空間に合わせて、これを上手に並べて展示されることでしょう。もっと言えば、壁面にこのボックスがずっと並んでいてもきれいでしょうし、どのような空間にこの作品が置かれるのか、とても楽しみになる漆アートでした。
大西 ───── ありがとうございました。続いて奨励賞の二つ目、ロシアから出品されたツェリコフ・エフゲニーさんの「The Animal Carnival」です。山村慎哉さん、お願いします。
山村慎 ──── 今回の展覧会で初めての海外の受賞者となります。冒頭にも大西先生からご紹介がありましたが、今年はロシアから4点の作品が出品され、この作品はそのうちの1点です。実は前回の展覧会でも一つ出品されていて、その作者は栄久庵憲司賞を受賞されましたが、今回はその方とはまた違う方です。私はその前回の作品も、これは何なのだろうと気になっていて、すごく高いクオリティを持った、黒の高蒔絵のような作品だったのですが、その作者の方のお知り合いということになるかと思います。
この作品は今までに見たことのないような世界観のある作品になっています。厳密に言うと実は、これは漆ではありません。別の塗料で、簡単に言うとニスのようなものを使って漆風に作られていると言ってもいいかもしれませんが、ロシアの方に言わせれば、漆風ではないわけです。地元のきちんとした塗料を使って、地元の技法によって制作されています。
作者はツェリコフ・エフゲニーさんという47歳の方で、お住まいはモスクワの近くです。調べたところ、モスクワの近くにロシアの塗りは4〜5種類あって、そのうちの一つのようです。有名なものにパレフ塗りがあるらしいのですが、今後ぜひ調べてみたい塗りの一つではないかと思います。
この作品のすごいところは、クオリティが高いという点です。日本はやはり他の国々に比べて塗面がきれいであったり、呂色仕上げになっていたり、技術のレベルが非常に高いのですが、それに匹敵するような技術を持っていると言えるのではないかと思います。どのような素材が使用されているかというと、まず素地の部分はパピエマシェという紙を固めた素材で、乾漆ではなく、紙を固めて形を作っていく技法が用いられています。その上に顔料とニスを塗って、素地を作っています。
さらにその上に絵を描いていくわけですが、近くに寄って見ると、それがものすごく細かいのです。どのような筆で描いているのかと思うほどで、日本には根朱筆(ねじふで)のようなものがありますが、これはそれに匹敵する細い筆で描かなければならないでしょう。また、日本と少し違うのは、立体感のある描き方をしている点です。顔料は卵テンペラということで、テンペラ画の一種ということになりますが、テンペラ画というのは細く色を重ねながら立体感を出していきます。この作品もそのような形で絵を描き上げて、さらに上にニスを塗り込んで仕上げています。ここで非常に不思議なのは、このニスの艶が呂色をとったような肌になっていることです。恐らく塗り立てというだけではないだろうと思います。日本で言うニスの呂色のとり方がここにはあるのではないかということで、もしご本人がいらっしゃれば、ぜひ説明を請いたいと考えています。
もう一つ、日本の昔の蒔絵というのはいろいろな文様があって、さまざまな図柄が描かれていますが、そこには一つの世界観が必ず存在していました。物語性が日本の蒔絵の中にはあったわけですが、近年は何となく文様化されてしまって、例えばふたを開けたときに外にあった文様を映し出す、別の意味で何か文様が入っているといった形になっています。実は今回のロシアの方々の作品は、全て図柄に物語性があります。この作品も十二支が描かれていますが、単に子や丑、寅、卯が描かれているのではなく、例えばネズミは子年が終わって次に丑年になってしまうのが非常に悔しいということで、ウシのまねをしているわけです。そのように「もう1年、自分の年にしたい」という願いを込めた図柄が描かれています。ですから、ウシはトラのまねをし、トラはウサギのまねをしているということで、そういった姿が次々と順番に描かれているのが非常に面白いと思いました。
他のロシアの作品についても、説明を読むと、それぞれ全てに物語性があって、ぜひそちらもご覧いただければと思います。同様に非常に緻密な、クオリティの高い作品になっています。ある意味、今回の海外の目玉ではないかと思いますから、ぜひご覧ください。
大西 ───── ありがとうございました。三つ目は、千葉県の工藤祐介さんの「空(うつほ)の皿」です。川上先生、お願いします。
川上 ───── 今の山村先生のように専門的な、また、思慮深い説明はなかなかできるものではありませんが、この「空の皿」は恐らくかなり若い方の作品かと思います。麻布を使った乾漆で作られた、実に軽やかで、いろいろな趣向がある中でも斬新な盛り付け皿のような気がします。
外側は潤色に近い朱塗りの溜塗で、中側は漆黒の漆上げになっていますが、器の中を抜いてしまうということにより軽やかさがあり、このようなものは今までにあまり見たことがありません。とは言いながら、まだもう少し発展する余地があるのではないかとも思ったりする作品ではありますが、テーブルの上で盛り付けたときに、底を透かして見える景色といいますか、別の器の在り方を示唆する作品ではないかということで、そのような新鮮さを感じました。思い切った造形ではないかと思います。
ただ、これは収納するときにスタッキング、つまり積み上げて収納することになるでしょうけれども、その場合に上と下の合わせがルーズといいますか、ずれてすれ合う可能性があるものですから、長く使っている間にすり傷やくもりが出る心配はあります。それはまた修理すればいいのでしょうけれども、そういうことも一つ考えながら、よりこの造形を深めていっていただければと思っています。いずれにしろ、新しい器の在り方として、かなり挑戦的で目を引いた作品だと思いました。
大西 ───── ありがとうございます。四つ目はファン・ジエンジュンさんという、中国の方でしょうか、留学生の方かもしれませんが、「花.生」という飾りボタン、ブローチです。内野薫さん、コメントをお願いします。
内野 ───── 私も今回初めて、この審査をさせていただきました。私は輪島の研修所で指導をしており、本来は重要無形文化財の技術うんぬんの方なのですが、この国際漆展の唯一の応募条件は「漆を使ったもの」であることだけなので、かなり自由な作品が多くて、見るのが非常に楽しい愉快な審査会でした。
この作品は「花.生(Peanuts)」という題で、写真だけでは何だかよく分からないと思うのですが、落花生の殻に漆を塗って、金具を付けたようなものです。縦6cm、横5㎝、高さ1.5cmの箱におさまるぐらいの非常に小さいものです。落花生には大きいものもたくさんありますから、もっとバリエーションをつけてもよかったのではないかと思いますが、落花生の殻に漆を染み込ませ、刻苧(こくそ)など、いろいろなものを詰め込んで、布着せもしてあります。布を貼って、刻苧を詰め、金具はネジ止めということで、かなり丈夫にできています。外側は漆を塗って金粉や銀粉をまいており、地味ではありますが、かなり丁寧な仕事をされています。
この手の品物だと、輪島では他にホオズキもありますし、形だけ取るのであればシリコンゴムを使えば、どんなものでもかなり精密に形が取れるので、イチゴやクワイなど、野菜シリーズのようなものも当然できます。そのような展開も楽しいのではないかと思わせることで、票が入っているのではないかと思います。
作者のファン・ジエンジュンさんは、実は私が1年間担当した教え子です。大きな体の男性ですが、非常に細かいものを作るのが大好きで、これでやっと3年がたちましたが、こういうものを作っているのだなと非常に感心しています。来年は何を作るのか、大変期待しています。まだまだだとは思いますが、展開の仕方が非常に楽しみだということで、よくご覧いただきたいと思います。