上位入賞作品の講評
[大西] それでは、順番にお願いします。
[前]
私の普段の仕事は伝統工芸で、いわゆる「用と美」というテーマがありまして、そういう趣旨の下で
日本伝統工芸展という展覧会に出品しているわけです。もう少し分かりやすく申し上げますと、伝統の技で今日の生活に即したものを作ろうと目指しておりまして、
決して古いものを繰り返しやっているわけではありません。昔から日本で製作されてきている品物、作品を、歴史的なことも含めて十分消化して、それから素材を
生かすことを考えて、用と美を兼ね備えたものを日ごろ製作しているわけです。中には出来上がったものを追いかけているというように思われがちですが、決し
てそうではなくて、今の時代に即したものを作ろうということでやっているわけです。
ですから今回の展覧会も、非常にバラエティに富んだ作品がたくさん出展されまして、ここに展示してありますこのオブジェといいますか、大賞の黒の作品で
すが、今のところ座りはないのですけれども、少し工夫をして座りを付ければ物を乗せることもできます。
この作品は黒曜石からヒントを得て作ったということで、黒曜石は非常に色つやがきれいですし、それをそのまま生かしたような形になっています。
よくコンピューターなどで形や図案を出して生かしていくという方もいらっしゃいます。私たちも図案会などをやっていて、パソコンから出したようなものが
あるのですが、非常にきれいな形のものもあります。それを実際こういう立体的なものに生かすということになると、大変な仕事になると思います。例えば輪花のお盆などでは、非常に細かく菊の花の絵のような花
びらのかたちが並ぶわけです。これはコンピューターですぐぽんと出ますが、それをそのままこういう漆のものに作品として生かすというのは大変な技術が要る
のです。中にはそういうのも十分表現する方もいらっしゃいますが、大変難しいと思います。
大賞の作品は立体として、先ほど言いました黒曜石の色つやというか、漆黒の深い黒、それから反射したあかりの陰と陽といいますか、そういう色をうまくまと
めたものだと思います。この作品は裏側の反りの線が非常にきれいに出ていて、ひっくり返しても非常にきれいな形に見えます。オブジェとしてそういう使い方もで
きると思うのですが、素晴らしい作品だと思います。
次の朱色の、赤ちゃん用のバスタブというテーマで作られたものですが、私は子供のころに、おばあちゃんが作った小豆のおはぎ(ぼたもち)をお重に入れて
おけば日持ちがするとよく聞かされておりました。近年、漆が抗菌性、殺菌性があるということが科学的に証明されてきております。先ほど大西先生からあった、
この朱塗りのバスタブの産湯に浸けると赤ちゃんの皮膚に対して非常にいいというお話もありましたし、漆塗りの花器に入れると花が長持ちするなどいろいろな
効果があります。また、形としても非常にどっしりして、オブジェとしても見られるのではないかと思います。何か作者の温かい気持ちがそこに表現されていて、素晴らしいと思いました。
それから、商品開発特別賞の作品ですが、コートのほかに帽子やハンドハッグなどもありました。先ほどから話が出ていますが、非常にごわごわしていて着づ
らいとか、クリーニングがどうなるかといった点では、このまま商品としては生かされないかもしれません。例えばこれはデニムの表面に漆を塗ったと思うの
ですが、その漆に何かを混ぜて柔らかくするようなもので塗装してあるわけです。しかし、糸に漆を塗って、それを編み込んでいくということもこれから考えられ
るのではないかと思います。繊維的な細いものに漆を塗って、それを糸として編んでいくということもできるのではないかと思います。今年度初めて、商品開発
あるいは用途開発というのも審査の基準にありましたので、私もこの作品を推しました。
[栄久庵]
今回の審査会で一番難しかったのは、今までにない「商品」という審査の要素が加わったことです。これは皆さんにとって非常に興味があるところだ
と思うのですけれども、おそらく県のデザインセンターの方も一番苦労されたところだと思います。要するに最近漆は売れないのです。それでみんなが干上
がってしまうと、日本文化はどうなっていくのか。そのオリジナルを作っている方たちはどうなるのか。つまり、人々の評判を得ることができなくなり、滅びて
いくわけです。それをどう止めるかというのが問題だと、これは皆さんの仕事に関係あることで、要するに漆自身が日本の国土から消えていくということです。
そうしますと、数千、数万という職業を失った人が出てきてしまうという一つの恐怖、恐れがでてまいりまして、商品という言葉をあえて入れています。
例えば油絵の展覧会で、商品ということを入れた院展や日展、彫刻展などを考えられたら、一体どんな絵が出てくるでしょうか。非常に難しい問題がある。そ
ういう点で、漆というのは天下の伝統もありますし、今まで傑作も売れてきて、われわれの生活にはなくてはならないものだったのですが、どうしても人の手に
渡らなくなった。そういうことを危惧しての漆の分野への愛情を、ここでコンペの形をしながらどうやって見つけ出そうかということが一番の焦点だったと思う
のです。従って、商品ということを漠然と見ていると、いろいろな考えが出てきますが、今回、漆の場合はどうするかということが、やはり一番難しい点だったのではないか。
それはあえて言うならば、魂の開発です。要するに新しい魂を作っていけば、その魂が人伝えにして、自分の気持ちを良くする。つまり、いい魂を発見しそれ
を形づくることによって、自分の人生観が強くなっていくという魂の開発が必要です。もちろんすべてが魂の開発に繋がりますけれども、しかし一方では新しい
形から一つの魂を作ろうというような、つまり形の発見ということも重要だと思うのです。
漆の使い方において、視覚的および触覚的という分野において、視覚、触覚のバランスを考えて、新しいコンビネーションの楽しみが発見できるかどうか、新
分野が発見できるどうかということが商品の一番基礎なのです。ですから、やはり商品を見るときに、新しい発見ができれば、それは購入したいものなのです。
もちろん値段的な問題は、そこで当然出てくる。でもそれはディテールです。好む人はどんなにお金が高くても買います。反対に好まないときはどんなにお金
があっても買いません。これはもうこの世界の進化した姿の一つではないか。つまり、どんなに漆が高くても良ければ必ず手を出すということは、人間の本性に
沿った非常に意味のあることではないかと思います。一番手前のグランプリ作品は、非常に単純にして直截です。人間の心にはすぱっとした気持ちが欲しいで
すね。それがべたべたしていたら、やはり困る。グランプリ作品は、木地と黒の色が非常に合っている。中には、木地と漆がばらばらになってしまうことがある
のですね。木地が非常にはしたないと、せっかくいい漆を塗っても意味がなくなってしまう。そういう意味ではこの作品は一つの精神のひだといいますか、つま
りすかっとした気持ちを抱かせる。やはり自分の人生もすかっとする、それがなかったらつまらないということをずっと考えさせます。
さらに、私自身感動を憶えたのは、一生懸命作っていることですね。一生懸命作っているというのはどういうことかというと、磨きをかける、または光とハイ
ライトと、そういう関係をよくよく見て、先ほど前先生がおっしゃいましたが、後ろから見ても非常によくできている、よく磨かれているということで、磨くと
いうことはある程度の忍耐力と人格的高さを必要とするのです。ですから、これだけのものを作ると同時にそれだけの人格向上を求めているというような意味で、
いわゆる「用と美」という意味においては、これは器的にも見えますけれども、それ以上に人の心の肌に何か、精神の肌に非常に強い支えを与えていくような、
そういうものが具体的に表現されているところが、非常に良かったのではないかと思います。磨くというのはやはり耐え得る力が必要ですから、耐えられない人
はできないわけです。ですから漆芸家というのは、ある意味では、時間をかけて耐える力をどう養成するかという非常にティピカルな部分が重要だと私は考えています。
2番目のお風呂ですが、形というのはどこから来てもいいのです。ただ人間の体に合わせた形を原形とするならば、非常に最初から面白い原形が出たのではな
いか、それを広げていくとそこに新しい形が出てくる。漆でもちろん毒を消すという力がありますから、そういう点で医薬的な意味もありましょうが、問題は形態
的な面で形態を発見するし、発見の仕方にはいろいろある。ですから葉っぱのどこかの一節かもしれないし、木の芽のどこか、昆虫のどこかの部分かもしれない。
それらを形に、漆に置き換えて塗って、それが一つの造形の面白味を描き出すというのも、やはり開発だと思います。
そうすると、新しい形のものを見たときに、その新しい形を見ないで、いやこれは簡単に言えば産湯に使うから昔からの伝統で健康にいいということではない
のではないかと思うのです。例えばナタマメと形が似ているのですが、ナタマメみたいなものは非常に面白い形をしています。自然でどうしてあんな形ができる
のか、不思議なくらいです。それを仮に大きくしたら、どういう形になるかというふうに見てもよろしいですし、そういう面で新規開発の場合は、新造形、新しい
形を発見し、しかも相手に、先ほどの心の問題ではないですが、快い気分を与えなければいけない。快い気分というのは非常に人間の皮膚感覚に合っているとい
うことだと思うし、かつ、家に置かれたときのほかの物たちと決して破調の関係にないということ。かえって周りを良くしていくという意味で、自分の家の空間
自身も新しくなっていく、そういう点に開発性が出てくるのではないか。もしそれができなかったら、やはり開発的には大賞になりにくいということなのです。
最後に特別賞の場合はもう見たらお分かりになるように、服飾界というのは非常に伝統的な古いものがたくさんあります。これを新しくしていくというのは、
並大抵の技ではないのです。そういう点で、私が見ていると要するに視覚と触覚というようなもの、どういうふうにこなしていくかということと同時に、初めて
知る触覚・視覚の感覚というのがあるのです。そういう面でむしろ実験的な存在かもしれませんが、こういうものもやはり開発であります。ですから、開発とい
うのは今までなかったからいいのではなくて、なかったものの中から新しいものを探したことが、いい状態に感じられるかどうかなのです。
視覚的にも、触覚的にも、味覚的にも、嗅覚的にも、あらゆる意味でそれがフィットしていくというようなことになれば御の字ですが、特にファッション界
というのはいろいろと、例えば三宅一生などがあんな生地を作ったりして、いろいろと苦労してやっている世界で、日本は比較的その辺は高い位置に今あります
が、そういう面で漆が服飾に使われたということ自身が、それを知らない人は聞いただけで「ええ?」となるのです。ところが、実際に使ったら着られる。先ほど
コプリンさんが多少ごわごわしていたと言っていましたが、しかし今までも、葉っぱだとか漆を塗ったものをわれわれの祖先は着てきたわけです。そういうもの
をもう一度というか、漆なら漆としてきちんと繊維にしっかりくっついて、どちらかというとジーンズみたいな格好で、使えば使うほど形ができていくようなものができれば、面白いなとは思います。
ただ、一方で服装というのは着ることによって緩やかになるよりも、着ることによって気持ちがしっかりするというのが武士の伝統です。日本の皆さんはご存
じの「篤姫」などを観ますと、打ち掛けを着ることによってしゃきっとして、姫としてのプライドを持っていくという、これはやはり一つの文化の形態です。で
すから素裸で歩いていればいいようなものですが、着物、つまり服を着るということはそういう精神的影響が非常に強いもので、その分野をどう新しく発見して
いくかということを対象として、この特別賞が選ばれたと思うわけです。そういう意味では、どれもこれも未完成だと思いますが、さすがにグランプリは、魂の
中で人間が求めている気持ち、欲しい気持ち、あるいは求めていることを知らないけれども引き出してみたらなるほどという精神を開発したという面で、大変充
実したものとして、審査員一同満票としたのではないでしょうか。
私がこういう話をしますと、次の審査会ではどうするか非常に難しい問題ですけれども、人間の心の中で商品というのは何か、この漆業界において商品という
のは何かということをどう探すかということは、デザインセンターとしての大変な心根ではなかったかと思います。同時に、一つの業界に課題を与えたというこ
とで、ぶつぶつ文句はたくさん言いましたが、それをはっきり、青天白日の下にどうやるかというところがやはり難しいことです。また、海外に輸出するにして
もはっきり、これはこういう意味で新しい商品ですという意味をしっかり言わないと、やはり外国の方でも国内の方でもそれは納得しないものなのです。
そういう点で、この漆の作品の新商品はこういう意味で新商品だということをはっきり言わなければいけない。そういう意味で、形の発見、精神の発見、それ
から色調や触覚の発見、つまり五感の新しい発見を引き出してみるということは、無限の可能性があると思います。これが私の雑感です。
[小松]
栄久庵先生がすべておっしゃったような感じで、私があまり話す要素もないわけですが、この「国際漆展」を始めてから約20年で8回目、近年は3年に1
回となっておりますが、しかしようやく漆を眺めながら、漆そのものを頭に描きながら、何ができるかということに対するチャレンジの姿勢といったものが、近
年の展覧会では見られるようになってきました。今、栄久庵先生がおっしゃった、ベビーバスの作品なども、今回初めて、用というか造形的な柔らかい感性というか、そういうものがぽっと出てきた。
それから、グランプリになりましたが、漆の技法の中で、もちろん磨く、彫る、貼るなどいろいろあるわけですが、そのうちの塗るという原点に精神を傾ける
というアイデアなのだと思います。また、黒というのは漆の原点みたいなものですから、それを塗るということによってこれだけの完成度の高いものが出てきた。
これはオブジェということもありますが、先ほど山村先生がおっしゃったように、器としての新しい提案でもあったのだろうという気もしているのです。
ここに何を置いたら面白いのだろう、あるいはそれが何か食欲をそそるのだろうかということも楽しみながら、この作品を見るということも、私はこの審査の
中でじっと見ていて、そういう気持ちも起こってきました。光の関係でちょっと柔らかい感じにもなりますが、そういったところにものを並べるということも、
この作品から伝わってくるような気がしました。そういうふうに見ますと、大賞と金賞の作品は、本当の意味の漆という、われわれがこのコンペティションの目
的としている漆造形で何が考えられるか、何が語れるかといったものが、この二つの作品にはあるような気がします。
時々私などにも「国際漆展」には一体何を作って出せばいいのかというご質問もあるのですが、私は漆というものを、現代の中にどう生かせるかというふうな
ことで十分なのだと思っています。もちろんその中には伝統的な継承的技術もあるし、いろいろな要素はあるのだけれども、現代に語れる漆というものが世界に
広がっていけばいい。特にこの石川県で国際展をやったというのは、藩政期の加賀蒔絵や、輪島、山中の伝統ある漆の歴史など、同じ県内の三つの場所で古くか
ら漆を作り、漆で生活をしている、そして漆を語りながら日常を楽しむ、あるいはまた漆を通しての交流があるからです。
金沢の伝統の中には御細工所というものづくりの工房があったわけです。これは初め武具をやっていたのですが、だんだん平和になってくると工芸的なものに
転化していくわけです。そういう中に、例えば武士の中から公募して工人を作ると同時に、町職人から採用をして工人にして、武士工人と町職人に対して、いろ
いろな地域から名工たちが来て指導をして、金沢を中心にした一つの工芸を進展させていくわけです。そして、その工人集団は金沢の宝生流の能楽集団でもあっ
て、殿様が演じるときはその工人たちが能をやる。笛や太鼓など、みんなそういう一芸を持っているのです。そういう工人集団の人たちが今度、街の中でいろい
ろな会合を開く。金沢には大きなお祭りはありませんが、小さなお祭りはたくさんあります。また、家庭にお呼ばれするといったことも盛んなのですが、そうい
うときの什器などは、昔は恐らく漆が中心だったと思います。そういう歴史も背景にはあるので、そういったことを踏まえながら国際的な呼び掛けの中で漆を理
解してもらい、そしてその交流の中から一つの刺激を求めて、現在のまた漆の進展になればという考え方であったわけです。
そういう意味で、今年は外国からの公募の方が多かったということは、だんだんそれが世界に浸透していっているということではないか。それで漆のコンペ
ティションという意味合いからも、金沢という名前があるいは石川という名前が座っている。いうならば広がっているということを考えると、このコンペティショ
ンは具体的な問題もあるとは思いますが、非常に意義があるコンペティションであると私は思っております。もう一つは特別賞です。非常に漆の要素にチャレン
ジしたもので、ファッション、モードといいますか、いろいろなご意見があるとは思いますが、やはり実際に着てみると、モニカさんがおっしゃったように、重
いとか、ちょっとがさがさするとか、そういったこともありました。ただ、私はこれを今度の用途開発の第一号として見た場合、漆の国際コンペではそういうも
のでもいいのだと、漆に関するものなら、そういった一つの支持層があるものならばいいのだというようなことで、従来の工芸的な「用と美」をもう少し拡大的
に広げて、漆造形という中でそういったいろいろな問題にチャレンジしていくという姿勢が、この国際コンペのねらいどころではないかとも思っております。
今度のコンペティションの金賞あるいはグランプリ、それから特別賞と、非常にレベルの高いものであったと思います。特別賞については漆に対する一つのチャ
レンジ精神であるといった点で優れており、私はこの三つの賞については非常に評価をしている次第です。
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