上位入賞作品の講評
[権]
まず「国際漆展・石川」に大きな関与を持ちながら、第1〜6回まで審査員を務めてきた、韓国の白泰元先生が、先月初旬にお亡くなりになりました。この
場を借りて、お悔やみ申し上げます。
前回の国際漆展に引き続き、今年も審査員としてご招待いただき、まことにありがとうございます。今回の漆展は前回より審査の基準になっている、新しい生
活提案や用途開発、あるいは感性の表現や提案を行っている作品が多かったのですが、壁面の作品に立体を含めていいものがなかったのは残念だと思います。
グランプリの大賞に選ばれた井川健さんの作品は、古い石器時代の石でできたナイフを模したものだと思います。この作品は、凹面の中にある黒漆の美しさを追
求したシンプルな作品です。硬質発泡ウレタンを静かな波のように、優しく削り出しています。塗装は伝統的な漆を美しく表現した素晴らしい秀作だと思います。
次に、金賞に選ばれた戸田蓉子さんの「包みこむ器」は、赤ちゃんの好きな色の朱色を塗って、優しい形をしているお風呂です。この作品も普段、風呂とし
て使われないときには、飾りものとしても優しい形を持っているいい作品だと思います。
最後に、商品開発特別賞に選ばれた、志奈幹雄さんの「服装」は、商品として新しい提案だと思います。この作品は、繊維に漆を塗るときに、化学処理によっ
て繊維本体を柔らかくする可能性もあるだろうと思います。簡単ですが、この辺で終わらせていただきます。ありがとうございました。
[コプリン]
先生方は皆さん長いスピーチみたいなことをなさったので、私は長いスピーチはしません。その代わり、昨日からの印象を簡単にお話ししたいと思います。
今回初めて審査員として招かれまして、皆さんと一緒に本当に慎重に審査を重ねて、素晴らしい経験をさせていただきました。伝統的なものもあったし、非常
に挑戦的なものもありました。すごく洗練されたものもあれば、ちょっと不自然だなと思うものもありました。とても単純で美しいものもありましたし、中には
遊び心があふれたものもありました。そういうものを見ながら本当に生き生きとした審査ができて、先生方と議論をしました。意見が違う場面も本当にたびたび
ありました。そしてなかなか意見がまとまらないこともありました。私が特にいろいろなときに正直に「それは賛成できない」と申し上げたかもしれません。でも、論争をしたのは本当に良かったと思っています。
それでグランプリの作品は、皆さまもこれまでにお話しなさったので繰り返しませんが、素晴らしい質の高さと、精神的なものを感じたということを付け加え
たいと思います。それよりも何よりも、自分が非常に惹かれた作品について皆さんにちょっとお話ししたいと思います。
〈銀賞「夢」(羅暎善/韓国)の写真を紹介〉
今スライドを見ていただいていてすごく残念なのですが、本物はもっと美しいです。洗面器という用途がある作品で、籃胎漆器というテクニックを使っていま
す。一見何だろうという感じがなさるかもしれませんが、漆が塗ってあって、非常に単純だけれども力強い作品です。これを見たときに、とても良い感覚を持ったので
す。漆が持つさまざまな特徴があるのですが、その一つの防水というところをうまく使って、洗面器としてこれは使えるのですが、使わなくてもお部屋に置いてお
くだけで非常に美しいオブジェになると思います。静かで同時にとても強いです。このコンビネーションはとてもすてきだと思いました。もちろん私はヨーロッパ人で
すから、すべてのことをヨーロッパ人の目から選びましたが、同時に私は長年漆にかかわってきまして、特に日本の漆は本当に素晴らしいと思って、称賛してきた人
物だと思っていただきたいと思います。
実は1700年ごろのロシアで、ピョートル大帝がこれとよく似た洗面器を注文して、彼は使っていたのです。なんとそれから300年もたって、もう一度よく似た目的
のものに出会いました。もちろんその美的表現力というのは全く違っていましたが、この辺りが非常に興味深かったです。
これはディスカッションだと聞いているので、私たちがしゃべるばかりではなく、この三つの作品について、皆さん今日初めてご覧になってどう思われたのか、ぜひ聞かせていただきたいと思います。
[権] この作品は、籃胎漆器ではないのです。布をひもで曲げて、籃胎漆器みたいなやり方で、それは布です。
[大西]
今、審査員の方からいろいろなコメントを発せられて、皆さん方もいろいろ感銘を受けたり、感じたりしたことが多かろうと思います。これからもう少
しおしゃべりをさせていただいた後、コプリンさんが言われたようにディスカッションを大いにしていきたいと期待しております。皆さんもどうか、今発せられ
たコメントに対するいろいろな答えをご用意しておいてください。
今、銀賞の作品がスライドで出ていますので、私の感じたことをお話ししたいと思います。今コプリンさんがおっしゃったように、確かに非常にシンプルで自
由な形をして、あまり「きちきち」していません。今おっしゃった言葉の中に、静かで強いと言われました。これが、漆の持つ特徴の一つだと思います。今言われ
たことは非常に意味のあるコメントだと思います。いろいろな素晴らしいご意見をいただきまして、ありがとうございました。結局、この座談会の最初に申
し上げましたように、趣旨、目的を忘れないようにしたいのです。要するに、ものを未来に向かって発展させていくということがやはり大事なわけですから。目
先の大事さもありますよね。商品開発などというのは、どちらかというと目先の話です。今日明日、あるいは来年辺りまでの話。そこから先は、世の中がどう変わ
るか分かりませんので、今直面している問題の中では、商品開発という漆を通した経済的な追求というものも当然あっていいし、それも重要でしょう。
しかし、もっと未来を見据える提案ということも、芸術だとか美にかかわってくる問題としてとらえた場合、それよりももっと重要な問題がそこに横たわりま
す。要するに、三つの分野があると先ほどから話がありますが、産業と生活と芸術です。この視点というのは、みんな重要なわけですね。だから身近な視点、あ
るいは将来への長い視点というものも同時にわれわれは考慮し、あるいは挑戦していかなければならないということだろうと思います。そういう意味でこの展覧
会は、このコンペティションが漆という素材を通した刺激、新しい働き掛けというものを生み出す場であってほしいと思うわけです。
〈奨励賞「RELIGIO_RE-BOUND TO THE SOURCE」
(SCHMID, Manfred/ドイツ)の写真を紹介〉
これはドイツから出品された作品です。直径が50センチ以上あるでしょうか、大きなものですが、非常に軽いです。これは乾漆で、麻の布を漆で張っていっ
たという基本的なものです。これを私が取り上げましたのは、漆というのは今までみんな立派なことばかりを求めすぎているのです。技術的に完璧で、立派とい
う概念が漆に対しては非常に強いです。「立派ですね。」と言われても、親しみがなければ使う気になりませんよね。
だから、立派という概念を少し切り替えないと、やはり未来に発展しないと思うのです。何か昔の殿様がいて、これは立派だというお墨付きをいただくような
感覚というのが、漆の中に非常に強いです。それも大事な伝統であることは間違いないのですが、それでは先に行けないのです。それを乗り越えなくてはいけま
せん。例えば今漆というものが発見されたと考えたときに、すごく感動があるわけです。もうこれは何万年も前に発見されていて、それを使い続けてきて、も
う頭の中にそういうものがこびり付いてしまっている。だから新鮮に見えないのです。これが問題なのです。私はこの展覧会が、漆の素材の持つ原初的な人間対
漆の感動を呼び覚ます機会になれば素晴らしいと思っています。ですから、この作品は、技術的にはそれこそ縄文人がやったと言っても少しもおかしくないかも
しれない。でも何か不思議な、原初というか、原点に出会ったような喜びといいますか、安堵感、安心感、あるいは夢というものを感じるのですね。そういう点
で、私たち漆にかかわる人の漆に対する見方というものを、立派だという見方も大事ですが、なじむとか、親しむとか、こういう原初的な感動というものを、漆にもう一度見いだすことが大事だと思います。
[コプリン] ほんの少し付け加えさせていただきたいと思います。この作者を私は長年よく知っています。彼は現在50歳のアーティストで、10年前、40歳のとき に漆を始めた方なのですが、遅いスタートでした。でも非常に驚くのは、彼は呂色漆を使ってこの作品と全く極端な、反対側にある、もう完璧な美しい、皆さん がよく漆ということで想像なさるような作品も作ります。その対極にあるような作品ができたということで、私はとても驚いています。そういった二つの全く違っ たものを作っていく中で、彼は漆の持つ心や精神性をとても深く理解していると思います。その点で、この作品が賞を取るということに皆さんが賛成してくださったことに、とてもうれしく思っています。
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